政治と市民活動 2013/7/24
こんにちは、スタッフHです。
選挙が終わってさまざまな感情が渦巻くこの時期、
基本月1回のコラムですが、このテーマだけに早めにリリースいたします。
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コラム「政治と市民活動」
しがNPOセンター 代表理事
阿部圭宏
参議院選挙が終わった。自民党の圧勝となったが、選挙期間中に政策論争は盛り上がらず、投票率も低迷し、結果は選挙前から予想されていたとおりとなった。衆参のネジレを解消し、決められない政治を決める政治に変えるというのが、今回の自民党が主張した点であるが、そもそも多数決で何もかも即決していくというのが民主主義にとってよいのかという疑念もある。
そう言えば、橋本徹が日本維新の会設立を宣言したときに、「議論ばかりしていても何も決まらない。決めようとすれば選挙しかない」と発言した。これも、数の論理が何にも勝る価値基準なのだという認識だと思われる。われわれが価値観の中軸に置いてきた民主主義の根幹は、単純に多数決なのだと言い切ってしまう政治家は、洋の東西を問わず信頼がおけないというのが実感だ。
市民活動は、社会的な課題に直接向き合い、それを顕在化し、社会に訴えるとともに、自らの解決に向けた活動を展開していくものが多い。ということは、そもそも社会のメインストリームにならないことに力を注いでいることから、政権党の政治からは注目される機会が少ない。そのような中で、NPO法の制定・改正におけるシーズ=市民活動の制度を支える会、自殺対策基本法の制定におけるNPO法人ライフリンクなど、市民活動・NPOが実際の政治を動かしてきたこともある。
NPO法では、NPO法人の政治活動が制限されているものの、自分たちのミッションに掲げる社会的課題を解決するために、政策提言(アドボカシー)やロビー活動を積極的に行い、議論の場を提供していくことは、市民活動の大きな役割である。
政権党が少数者、市民活動の訴えにも耳を貸すという胸襟を開く姿勢がなければ、強権政治に堕してしまう。政治には議論、熟議が求められている。TPP、エネルギー、災害復興、経済政策、社会保障など、少なくとも生活に密着する政策づくりは、ていねいな議論が必要である。景気が上向けば万々歳などと手放しでは喜べないのである。
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