サイハイランとの10年
2025年05月07日

サイハイランとの10年

N

nonio

• 野洲市

詳細

 あるものを見せるため、孫を連れて希望が丘の中央道を上って行った。坂道になってくると、
「じいちゃん、まだなの」と喘ぎながら訴えてきた。
「もうすぐだよ」と苦しさを紛らすため、そう言った。また少し登って行くと、同じことを聞き直してきた。でも同じことを言った。

「どこに行くの」と孫が聞いてきたので、
「爺は一枚の葉っぱを10年近く見守っている。この道を通るときには必ず寄っているところだ」と話した。
「ふ~、どうして」と聞き直してきた。
「花が咲くのを待っているのだが、なかなか咲かないよ」
・・・・・・・
「どうして、咲かないの。栄養が足らないかも。その草花の名前は何というの」
「サイハイランだよ。山の中でひっそりと元気に暮らしていたのに、誰かが掘り起こして持って行ってしまった。その後、葉っぱ一枚にまでなってしまった」
「葉っぱも出なくなったのであきらめていた。が、最近また葉っぱ一枚が生き返ってきた」と説明してやった。
「かわいそうなサイハイランだね。花が咲いたらいいのにねぇ」と、孫は健気に相槌を打った。

2025‎年‎25月‎1‎日撮影1枚の葉っぱ

 2016年2月4日、Hさんからサイハイランの場所を教わった。野洲市には唯一の自生している貴重な植物である。その後、希望が丘の中央道を登る度に、あの場所へと足を運んだ。その年のある日、突然元気をなくした姿を見て胸が痛んだ。周囲の枯葉を取り除くと、鋭利にスコップで土がえぐられ、何者かによって持ち去られた跡が明らかだった。

 サイハイランはラン菌との共生なしには生きられない繊細な山野草である。自然の姿を愛でるはずの人が、なぜこんな行為に及ぶのか、理解に苦しんだ。それから数年間、葉すら見られない時期があった。諦めかけていた矢先、小さな緑の芽を見つけた時の喜びは言葉にならなかった。
 唯一の望みは、1枚の葉っぱが生きながらえることだ。きっといつか、美しい花を咲かせる日が来るはずだから。

2016‎年‎2‎月‎4‎日撮影4枚の葉っぱ


2016‎年‎5‎月‎21‎日撮影1枚の葉っぱになった

不適切な内容や規約違反を発見した場合はご報告ください

この記事を書いた人

N

nonio

1週間前から参加
野洲市

ユーザー詳細