千日回峯の行者が駆け抜けていった八王寺山・三石岳
2012年10月28日

千日回峯の行者が駆け抜けていった八王寺山・三石岳

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• 野洲市

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 10月14日(日)、坂本の日吉大社から八王子山(381m)、三石岳(675.7m)。さらに下山口を経て飯室不動堂、西教寺門前を経て日吉大社に戻る一周コースを辿った。ここは、千日回峯山上山下・百日回峯が行われているところである。

 回峯行の聖地に足を踏み入れるのは、昨年、無動寺谷の明王堂以来、二度目である。恐れ多い神秘的な気配が漂うこの一帯は、自然と襟を正してしまう。雪が降る比叡山回峯行登山

 日吉大社正門から、これから目指す八王子山の独特の山容が見られた。坂本の町から仰ぎ見た人々が、神が「鎮座する」する神奈備(かむなび・かんなび・かみなび)として崇められた日吉大社東本宮の神体山。
 古木の森に囲まれた日吉大社は、比叡山の守護神であり、回峯行者が、猿石と呼ばれる霊石をお参りしている。

 日吉大社の東本宮受付で、志し料100円を払って八王子山へ向かった。階段混じりの坂道を登っていった。山王祭(さんのうさい)の時には、神輿の担ぎ上げ、下ろしが行われるので結構広く整備されていた。やがて、金厳岩という磐座に建てられた牛尾宮と三ノ宮の社殿にやってきた。

 ここから、細い急な山道となった。木に囲まれたところに積み上げられた石に「八王寺山381m」と書かれた表示を見やりながら 神宮寺山へ進んだ。さらに、尾根道を上ると、林道に出た。この林道を北上すると「馬の背」の尾根と合流した。この林道に導かれて終点まで行き、小高いところに上ると三石岳の頂上に立った。

 三石岳の山頂からの下山は、滋賀医大霊安墓地を通り、飯室不動堂。本殿の前を通り沢に腐りかかった橋を渡って再び山道に入り、西教寺門へ。

 行者道と呼ばれるこの辺りは、回峯行者がお経を唱えながら、峰々をめぐっていったところである。 独特の編笠をかぶり、何時 死んでもいいようにと純白の白装束の行者が草履という出で立ちである。腰には、短刀と紐を持つ。自害の時に備えてだ。

 木や草、石にまでひたすら手を合わせ、駆け抜けていった姿を想うと、あついものがこみ上げてくる。


 飯室谷を通過していった。ここは酒井大阿闍梨がお住まいになられる長寿院や不動堂があるところである。「一日一生」の言葉が、印象深く思い返した。

 「行に入ると、毎朝毎朝、草鞋を履いて出ていく。登りが10キロ、わりと平坦な道が10キロ、下りが10キロの道をぐるぐる歩く。そうして一日山を歩き通して帰ってくると、草履がくたびれてボロボロになっている。翌日はまた、新しい草履を履いていかないといけない。それを、毎日毎日、繰り返していたら、ある時、草履が自分に見えてきたんだ」。 

 酒井大阿闍梨は、比叡山中を七年間かけて、1000日間の回峯巡拝の荒行を連続して二度おこなわれている。その荒行の中で、行き着いた言葉が「一日一生」。

 小生、怠惰な1日を過ごすことが多々ある。こんな時、思い返すのがこの言葉である。


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