第3回目滋賀県中山道(鳥居本~高宮)
日付:5月19日(水)
場所:鳥居本~高宮
距離 約1里半
タイムコース 野洲駅 9:00 鳥居本近江電鉄 10:30 小野町 11:10
正法寺町 12:00 高宮13:00
鳥居本高宮 地図
野洲駅から鳥居本駅(近江電鉄)までは40km程度の距離であるが、1時間半かかってしまった。
JR近江八幡駅から近江電鉄に乗り換えて八日市へ。ここで米原行きに乗り換え、彦根で単線のため電車待ち。結局、平均時速27km/Hと、ゆっくりしたものだ。

この日は、朝からぱらつき模様で、午後から本格的な雨との天気予報であった。「何時ものように当らなければ」と願っていた。だが、的中してしまった。
鳥居本駅に降り立つと、既に雨が降っており、中山道の街道筋の家々も濡れ、宿場街の風情が漂っていた。 鳥居本の地名は、字のごとく多賀大社の鳥居があったと言われている。ここが宿場となるのは、江戸時代に入ってから徐々に宿場として整備されたらしい。本陣・脇本陣の跡を訪れ高宮宿へと南に向かって歩き出した。

鳥居本宿は合羽の名産地。これから山道に向かう旅人にとって、合羽は必需であったと言えよう。合羽をたたんだ形をした看板が、今も軒先に吊り下げられ、当時の様子を伝えていた。松屋さんは、1970年で合羽の製造を止めていた。
たまたま、後日ここ生まれた方と話す機会があった。「まだ私が子供のころ、柿の渋を塗って作った油紙をあっちこっちに干していた」続けて「その頃は、雨降りの時、田んぼ仕事はわらで編んで作られた”みの”をかぶり、この上に、この油紙をつけていた」と当時(50~60年以前)の様子を振り返ってくれた。
中山道と朝鮮人街道との合流点の道標を過ぎると鳥居本宿は大体終わりになり、この先は田んぼが広がっていた。左側に道路、右側に鉄道が直ぐ横に走っている極めて狭いところに交通網がひしめきあっていた。古代の東山道、歩いている近世の中仙道、更に近代の高速道路・東海道新幹線が自然に逆らわず、ここを通過していた。

やがて隣村の小野の集落にやってきた。ここは、東山道のころ宿場があったところだ。
「小野」と云えば、絶世の美女「小野小町」が浮かぶ。道の左手に小さなお堂があるが、このお堂は「小野小町塚」ゆかりの塚だとして祀られていた。小野は東山道時代からの古い宿駅で、小野小町に関連した生誕の地ともいわれる。
小野小町の生誕地や終焉の地などと称する場所は、現在、北は青森県から南は宮崎県まで、実に28都府県にわたって存在している。逸話が伝承されているだけで、その存在すら確証がない。
いずれにしても、名乗りを上げることは大切だ。それにしても、石碑が嫌に真新しいことが気になった。

原の集落までやってくると、右手に立派な鳥居があったので、入っていくと芭蕉の昼寝塚の碑が建てられていた。横には、白髪塚の句碑。
ひるがほにひるねせうものとこのやま 芭蕉
この解説版には、中山道を往来する旅人が夏の暑い日に、この涼しい境内でつかの間の休息をしている「床」と「鳥籠山(とこのやま)」をかけて詠われたと書かれていた。壬申の乱で戦場となった東山道の鳥籠山(とこのやま)のこと。

「五百らかん」の道標にやってきた。ここから1km北に天寧寺がある。今回は行かなかったが、「亡き親子供いとしい人に会いたくば五百羅漢にこもれ」と言われるほど色々な顔があるらしい。
一度、自分自身を探すため、是非ここに訪れてみたいところだ。
正方寺町を過ぎ、芹川にかかる大堀橋を渡ると右手に「旭森公園」があって、小山の法面に沢山のお地蔵さんに色とりどりの前掛が掛けられていた。
小山にあるのが「石清水八幡」で、ここの階段途中に「扇塚」という塚が建っていた。左手には、多賀大社への道標があった。兎に角この辺りの街道は、古い道標がしっかりと残されていた。

やがて右手に大きな常夜燈と「中山道 高宮宿」の標柱がある、「近江鉄道の踏切」を越えると新興の町並みも見られる高宮宿に入った。雨脚も強くなってきたので、ここで切り上げることにした。何時ものように、酒屋を探した。音瀬酒造場(彦根市高宮町1079)を探し当てた。
近江の旧街道や、宿場を歩いていると、以外に出くわすのが酒造所である。琵琶湖や山々に囲まれた滋賀県は、日本酒の命とも言える水やお米に恵まれ、多くの地酒を生み出してきた。昔は、四季折々に花見酒、月見酒、夏越酒、菊酒、雪見酒などと言っては日本酒がかかせないものでした。正月には、日本酒を撒いたり、供えるなどして「清め」をする風習もあり、庶民生活の行事に密接に関わってきた。
音瀬酒造場の女将さんが「やって来るお客さんの大半は、ビール、焼酎、ワインを買い求めてきます。店には、これらの酒も置いていますが、日本酒をたしなむ人は少なくなった」嘆いておられた。
ところで、私はどちらかと云えば日本酒が良いと」更に、「山田錦の米で作られた純米酒が美味しい」と話した。
すると、女将さんは「ここ、音瀬酒造場では、山田錦を農家と契約栽培して、化学肥料や農薬を使わず有機に近い方法でおねがいして作ってもらっています」と言っていた。
地酒「猩の菊」を購入し、高宮駅の一隅で一杯やりながら遅めの昼食となった。
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